屋久島(番外)その2
 島内観光中編

日時     平成26年5月5日〜7日の6日
メンバー   24尾さん・maru8
ルート    紀元杉〜屋久杉自然館


            楽々山歩
今回は屋久島(番外)その2 島内観光中編
ヤクスギランドからバスに乗り直ぐに紀元杉に

道路側に有ってぐるっと回っても5分位
一番楽々に屋久杉見られます。
後の白っぽいの
紀元杉

根元から上を
離れて見ると結構大きいです。

幹の直径が1m以上が屋久杉と呼ばれ
1m以下は小杉と言う

湧き水も

苔も綺麗です。

紀元杉からバスに乗りまた移動中
道路沿いにヤクザルが
手前と左側のお腹の所に赤ちゃんヤクザルが
今の時期が出産ピークで赤ちゃん抱いたの
沢山見かけました。

屋久杉自然館        
ここで屋久杉について勉強します。

入口横に大きな切り株が
正面玄関に

ここにも大きな屋久杉が
ヤクスギランドを流れる荒川の上流に
架けられていた天柱橋(太忠岳の天柱石から名付けた)
このままを河に架けて屋久杉の上の平らな所を歩いてた。
貰ったパンフレット
昭和41年の1月に縄文杉が発見された時の新聞を
大きくして有ります。

当時は、発見した役場の岩川さんの名前をとって
大岩杉と呼ばれていましたが、
取材した新聞記者が縄文土器に似ているからと
縄文杉となったらしく岩川さんが大変残念がっていたと
翌日に白谷雲水峡回った時ガイドさんが言っていた。

縄文杉の枝が雪で折れた時の枝を

そのまま館内に保存されてます。

別の角度からこれだけでも重さ1.5tとか
ヘリコプターでつり上げて持ち出し
屋久杉自然館に搬入する時大きすぎ
入らないので入口大きく改修して入れたと
土埋木(どまいぼく)の所で説明した平木
この様に薄い板に加工して
奥に有るように屋根材にする。
江戸時代では年貢米の代わりに屋久杉が

当時の切り出す時のノコギリ

昭和になってからはチェンソーで
これを一人で持って切り倒す
maru8も持ちましたがエンジンの所上がりましたが
先の方は下がったままでした。
重さ約20kg持ち上げる事は出来るが
これを横向きにして切っていくのは
昔の人は本当に力持ち?

   屋久杉の年輪    
定規に年代書いて有ります。

本当に年輪の隙間狭いです。
1,660歳数えたら年輪1,660有る?

これは紀元杉の折れた枝

表に出ると山が新緑で綺麗です。
宇宙ヤクスギ      
毛利宇宙飛行士と宇宙を飛んだ
ヤクスギの種から育った杉
敷地内の杉の茶屋で昼食を

お腹も膨れ眠たくなってきたので
食後の昼寝の為
屋久島(番外)その2 島内観光後編に続く
まだまだ続きますが宜しくお付き合い下さい。